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善悪の判断は難しい:破裂 [小説]


破裂 上 (1) (幻冬舎文庫 く 7-2)

破裂 上 (1) (幻冬舎文庫 く 7-2)

  • 作者: 久坂部 羊
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 文庫



破裂 下 (2) (幻冬舎文庫 く 7-3)

破裂 下 (2) (幻冬舎文庫 く 7-3)

  • 作者: 久坂部 羊
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 文庫


404 blog not foundさんに触発されて読んでみました。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51044210.html

単なる医療過誤訴訟だけでなく、国の医療政策まで考えさせられる内容になっている。
その上で、主張ありきの内容ではなく、エンタテイメントとしても上等と言えるストーリーがつむぎだされているのが素晴らしい。

まず、本書のタイトル「破裂」が何を指すかと言えば、直接的には心臓破裂を指す。
本書はペプタイド療法と言う、心臓機能が強化され寝たきりの状態を脱出できるが、半年~数年後に心臓破裂で死んでしまうと、架空の治療法を元に物語は進行する。

登場人物である厚生労働省主任企画官の佐久間は心臓破裂までを「効能」とみなし、老人のクオリティオブライフ回復と、寿命短縮による国家財政の健全化を目指してプロジェクト『天寿』を推し進める。
それに対し、ペプタイド療法開発者の助教授香山は心臓破裂を「副作用」とみなし、佐久間の思惑に反して心臓破裂の発生しないペプタイド療法の完成を目指す。
他方で、香山の起こした手術ミスを追及するジャーナリストの松野・上山と遺族の枝利子。その人々に協力する良心派麻酔科医の江崎。

本書は、それぞれの登場人物が、自分の信念とエゴに突き動かされて、異なった立場から最善を求めて行動する様子が生々しく描かれている。

本書の導入部は単なる医療過誤問題を扱ったテーマであるように見えるが、本書における一番の中心人物であり、力の中心は佐久間企画官であり、本書の中心は老人医療と死に向かう残りの人生の充実についてである。
人間は、寝たきりになっても生き延びること目指すべきか?本書で語られる安楽死を超えた「快楽死」を認めるべきか?
このまま高齢化が進む場合、コストは誰が負担するのか?

2004年に発売された本書だが、当然負担するべきコストであるはずの後期高齢者医療制度が受け入れられないでもめている事などを見ると、本書の輝きは現在でも失われていない。むしろ、やっと時代が追いついてきたのではないだろうか。
硫化水素自殺と言う人に迷惑を掛ける自殺方法が流行っている現実を見ると、安楽死・快楽死などの死ぬ権利の尊重と言う意見も世間に対して声高に主張できるかどうかは別にして、十分な説得力を持っている。

少なくとも私は佐久間の意見を一刀の下に切り捨てることは出来ない。
老人医療費は待ったなしであり、国民負担を考えた上で人が尊厳ある生を後れるようにすることを考えるのは急務だ。
本書を読んでも、佐久間と言う悪人が滅んでよかったとは思えず、むしろ、意見の対立軸が消えてしまう本書の終わり方はある種のバッドエンドのようにも見えてしまったのだ。


本書は登場人物に派手さがなく、そういった意味では今風ではない。おそらく、松本清張の時代だったら大ヒットしたかもしれないが、現代では大きく取り上げられることは少ないであろう(この点がロジカル・モンスター白鳥と言う、派手なキャラクターを登場させ大成功した「チーム・バチスタの栄光」との違いである)。
それでも、本書の内容は一読の価値がある。純粋に楽しめて、しかも、しっかり考えさせられる良書なのだから。

☆☆☆☆(☆四つ)





他のブログの反応はこちら等。
ぼろくそに批判している反応は少なく、考えさせられると言う意見が多いようです。
批判として多かったのは詰め込みすぎとヒロインが古臭い。こちらの批判はどちらも納得です。
そうした問題があっても、作品自体は肯定する意見が多いようなので、やっぱりオススメです。
http://blog.goo.ne.jp/orionisorionis/e/7396e5ead5803306dfe309d6e8719a1a
http://aochan.jugem.cc/?eid=653
http://blog.livedoor.jp/lovehon/archives/64915886.html
http://blog.livedoor.jp/lakko/archives/525165.html
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コメント 5

らぶほん

こんばんは、TBありがとうございました。
寝たきりになってまで生きていたくないと思う反面、大切な人たちにはどんな姿になっても生きていて欲しいと、身勝手なことを考えてしまいます。
避けられない問題だからこそ、一人一人がきちんと考えなくてはならないのかもしれませんね。
by らぶほん (2008-05-17 19:41) 

おりおん

はじめまして。 TBありがとうございました。
私は、タイミングを逸してしまって「チームバチスタの栄光」を読んでいないのですが…「ジーン・ワルツ」と比べる限り、作家としての力は、久坂部さん、全然、劣っていないのではないでしょうか。
ご指摘の通り、後期高齢者制度に対する高齢者の反発は当然と思う反面、限られた国家予算の中で高齢者医療ばかりに無尽蔵にお金を使えるわけではないというのも、また、現実であって…。「破裂」は決して虚構の世界ではなくて、何年か後の日本の現実のような気もします。フジテレビが派手派手しいドラマに仕立てればそれでよし-ということでもありませんが、もっと注目されていい作品ですね。


 

by おりおん (2008-05-17 20:59) 

book-sk

>らぶほんさん
コメントありがとうございます。

それが一般的な反応ですよね。私も結構そう考えたりします。
ただ、将来を考えるとこの小説で書かれているように老人(あるいはそれに限らず)の死ぬ権利について、考えざるを得なくなるでしょう。

この本のように医学的アプローチではなく、経済的な面からのアプローチで行われる可能性のほうが高そうですが。
そのときはこっそり行われるのではなく、せめて堂々と議論してほしいと思っています。

>おりおんさん
コメントありがとうございます。
久坂部羊氏の力は海堂尊氏と比べて劣っているどころか、個人的に言えば久坂部氏のほうが好みだったりします。世間のはやりは別なのでしょうが……。

後期高齢者医療制度に代表されるように、この本に書かれた論点が現実の問題になる日は意外と近いのかもしれません。
もっと注目されてもいい本と言うのは読んだ人の多くが持つ感想だと思います。ただ、世間の流れからすると難しいのでしょうね。
by book-sk (2008-05-18 09:16) 

ラッコカメラ

こんばんは。
TBありがとうございます。

この本には色んな意味で楽しませてもらいました。
久坂部羊は、どうしても海堂尊と比べられてしまうのが、不幸と言えば不幸でしょうか。
ちなみに僕は、やっぱり海堂尊の脳天気なスピード感が好きです。

職業作家以外の人が、専門知識に基づき良質の小説を書く。なかなか良い時代になったと思います。
そういう意味でも、久坂部氏にもますますガンバって欲しいと思っています。
by ラッコカメラ (2008-05-24 22:09) 

book-sk

>ラッコカメラさん
コメントありがとうございます。
最近は専門知識を生かして書かれた小説が目立つし、あたりも多いですね。
久坂部氏「廃用身」を図書館で借りてきて積んでいるので、これも面白ければファンになりそうです。
by book-sk (2008-05-25 19:38) 

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